オーバードーズに気をつけろ(2)

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そうと決まればさっさと下りなければ、と小走りで1号路を辿り、40分程で麓に着いた。

時刻は16時、まだまだ明るい。

ケーブルカーの駅から伸びる商店街はまだいくらか人気があった。

目論見通り、もう一度登って来られそうだ。

今度は6号路で登る事にした。

6号路は少々滑りやすく、途中で沢を歩く事になるが、それを踏まえても十分明るい。

すれ違うのは皆麓に向かう人達ばかりで、これから山頂を目指す不届き者は数える程しかいなかった。

ひたすら歩く事1時間弱、本日二度目の山頂に到着した。

山頂は日の入りを撮影する人でごった返していた。

折角なので私も見物したが、山の端に橙色の光が消えて行くのがとても綺麗だった。

そのまままた1号路を辿るのも芸がないので、3号路で途中まで下ることにした。

3号路は山に張り付くように作られた傾斜の緩やかなハイキングコースだ。

幅は6号路と同じく、人がすれ違う事ができる程度で、終着には2号路の途中にヒョイと出ることができる。

下り始めて暫く、嫌な予感がし始めた。

木に遮られてか、日の光が思った以上に届かないのだ。

道が暗い。

先程日が沈んだばかりとはいえ、きっとすぐに先が見えなくなるだろう。

私はライトを持っていない上、着ているのはヒートテックに半袖、ジャージとダウンだけだ。

熊が滅多に出ないとはいえ、万が一一夜を山で過ごすことになったら、凍死待ったなしだ。

携帯のライトを使うことも考えたが、ライトはバッテリーを激しく消耗するので却下。

道を踏み外し足を痛めれば体を温める為に歩き回ることもできないため、暗闇の中を歩くのも論外だ。

戻ろうにも暗い登り道の方が体力を削る。

そうなると残された選択肢は一択のみ。

日の光が残っているうちに3号路を抜けるまで走るのだ。

危険度でいえば一番低いのはこれだけだろう。

南無三。

ボディバックの紐をきつく締め、走り出した。

恐らく10分程で、足元は崖側の道端が斜面の下の闇に混じり始めた。

道は一本道なので、ひたすら足元を注視して一定の速度で走る。

道に盛り上がる木の根が薄白く浮かび上がっているのを跨ぎ、飛び越し、避ける。

ちらりと見上げれば晴れた空に月がのぼっていた。

もうすぐ満月なのか、明るい月で助かった。

その時ガクンと足元が沈んだ。

踏み外したのだ。

咄嗟に体を捻って尻もちをついた。

どうやら柔らかい道の端を踏み抜いたようだった。

足は捻っていない。

地面についた時右手の親指を少し突き指したようだが、それだけで済んだ。

また落ちてはかなわないので、以降はなるべく山側に寄って走る事にした。

暫く走ると3人組の下山者とすれ違った。

若い男女は携帯のライトで道を照らしながら歩いている。

ハイキング用の装備ですらない彼らは、滅多に体験しないであろう夜の山道にはしゃいでいるのか楽しそうに話している。

彼らは無事下山できるだろうかと、少し不安になった。

今や道の輪郭は曖昧だ。

張り出した木や背の低い草の影を見逃さないように控えめな歩幅で走った。

累計時間にして30分程、ようやく分岐点まで辿り着いたときには、行き先の書かれた立て札の文字がライト無しでは見えなくなっていた。

至2号路の立札に従い登って行き、街頭の灯りが見えた時の安心感は凄まじかった。

電気は人間の最大の発明だ。

良かった、私生きてた。

エジソン先生ありがとう。

その後はなんとか舗装された道路を下り、帰り道に見つけたスーパー銭湯に飛び込んでやっと一息ついたのだった。

そんなこんなが遭難未遂の顛末だ。

体を温めたくてハイキングに行って凍死するなんて笑い話にもならない。

死ぬにしても凍死はごめん被りたい。

とはいえ人間現金にできていて、命の危機なんて喉元過ぎればつるりと忘れてしまうものである。

おまけに私はジェットコースターの為にワンデーパスを買うタイプなのだ。

あの暗い山の恐ろしさは銭湯の炭酸泉に溶けて流れてしまい、帰途には既に次はいつ行こうかと考えていた。

日の落ちた山道を一生懸命走るなんて、気ままなフリーター生活では得ることのできないスリルがあった。

瞑想めいた登りの行軍も、忍者ごっこのような下りの遁走も、最高にワクワクしたのは間違いない。

つまりとても楽しかった。

寒いうちにまたやってみようかと思う。

ただし、次はきちんとライトを持って行くことにする。

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